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歴史的に見て、評価が一転した職業は?「大昔は労働者のほとんどが農民だった」「東洋だと医者は呪術者だった」「歌舞伎者も下賤から伝統芸能に」 2chなんJ職業まとめ

 

職業

職業(しょくぎょう)は、日常的に従事する業務や労働など、技能、知識、能力などをまとめた一群の職務のこと。

職(しょく)、生業(すぎわい、せいぎょう、なりわい)、仕事(しごと)とも呼ばれ、日本では労務に従事することを就職(しゅうしょく)、就労(しゅうろう)という。生計を立てるための仕事も職業とされる

引用・出典:
Wikipedia – 職業

(動画引用・出典:Youtubeチャンネル「電撃ランキング」より – https://www.youtube.com/embed/0SEMCSdeQT4 )
(動画引用・出典:Youtubeチャンネル「トップランキング」より – https://www.youtube.com/embed/bU-gEMTkB7w )

1:2014/06/14(土) 05:54:32.95 0

現在だと、医師は最も高度な教育を受けた、最も尊敬される職業ですが、
そのようになったのは、100年程度の歴史しかなく、
むしろ、呪術師たぐいと扱われていた方が長かったようです。

このように、歴史的に悪評ある立場から肯定される職業になったもの、
また逆に肯定される立場から、敬遠される立場になった職業は何かないでしょうか。

3:2014/06/14(土) 18:22:35.98 0
芸能人系、音楽・俳優・女優
45: 2014/06/16(月) 21:26:03.59 0

>>3
能役者や歌舞伎役者は扱いが初期に比べると変わりましたね。
「散楽は乞食の所行なり」と断じていた三条公忠が今を見たら、何と言うことやら。

エタの場合、裕福な町人風の人物を助けた、あるいは知り合ったら豪奢な屋敷に通されたら
実はエタの元締めの屋敷で、縁を結んだら大変なのでこっそり逃げた、あるいは娘婿にされ
て裕福ながら「身を落としてしまった」という話が江戸期にはよくありました。
少なくとも、白土三平先生の漫画のような被差別民=貧民ではない。
起源も江戸期より古く、エタの起源たる餌取、非人ともに平安中・後期に出ています。

>>43-44
というよりエタや農民の上層まで行けば大抵の武家よりは裕福です。
武家や公家が、支配階級なのに少なくない数の庶民より金欠だったのが面白い。
一人で歩いている男が乗馬していた京都所司代に礼をとらなかったのでよく見てみると三
位の公家であったとか、ボロを着た娘に声をかけてみたら公家の姫だったとか。
江戸も前期と後期で違いますが、零落ぶりが酷い。

46:2014/06/16(月) 21:51:21.79 0

>>45
起源が平安時代だから当時政権の中心だった関西にエタヒニンが多いんですよね

ところであのケガレの思想は血のケガレを嫌う神道由来ではないかと私はおもってるんですが
一方少なくとも江戸時代には寺がエタを排除した話が地元にあるのです(明石近辺)
なんらかの褒章として寺の周囲数里四方からエタを排除した
それは仏教思想が神道的要素を入れたのでしょうか?
それとも仏教の思想として殺生だけでなく血のケガレもきらうんですかね?

ポーランドのシュラフタも貧乏士族がいましたが投票権がある支配階級でしたね
ローマのパトローネスも支持者クリエンティスより貧乏な人もしばしば見られたとか

5:2014/06/14(土) 23:56:09.18 0
金貸し→銀行家
相場師→投資家
革命家→プロ市民
6:2014/06/15(日) 00:21:57.86 0
古代ギリシアとかローマだと普通に医師とかは重宝されてたぞ、外科手術もあって道具も残ってる
カエサルの改革でローマ市民権を教師と並んで無条件で得られるようにもなった職業でもある
ぶっちゃけ医療関係は中世のがホント酷い、施設の衛生面とかも含めて
7:2014/06/15(日) 05:24:51.29 0
ただ、東洋史だと医者は呪術者扱いだそうです。
三国志にでてくる華佗がいますが、
華佗は曹操に士官しようとしたのですが、
曹操は華佗の士官を認めませんでした。
理由としてあげられるのは、
当時の医者は、効果の怪しい薬を病人の弱みに付け込んで、
高値で売っていた者もいたそうで、
医者=詐欺師みたいな風潮があったのが原因だそうです。
だから、ローマ以外だと社会的地位はなかったようです。
8:2014/06/15(日) 05:29:02.31 0
医療関係だと、
ナイチンゲールが活躍する前後の看護婦は、天と地との差。
ナイチンゲール以前の看護婦と言ったら、アル中で、包帯や注射もできず、
仕事よりも賭け事のほうを優先したりと、
今と比べたら、状況はかなりやばかったらしいです。
病院に行ったら、死んでしまうと言われており、
実際、主要な死亡原因のひとつに、看護婦の怠慢が挙げられていたようです。
12: 2014/06/15(日) 09:24:18.65 0
日本というか東洋だと内科医>外科医だったのが、今ではドラマに使いやすいせいか
外科医主人公の創作物も多く、人気ですね。
13:2014/06/15(日) 11:30:48.87 0

聖職者、法律家、医者は中世ヨーロッパでプロフェッションと呼ばれた知的専門職。
中世の大学には上級学部として神学部、法学部、医学部がおかれ、
その下に基礎的な学問を学ぶための哲学部がおかれた。
元の身分が低くても大学で学んでこの三つの職業につけば高い地位を認められた。
地位が低かったのは外科医。外科医というよりもむしろ手術職人といった方がよかった。

華佗が曹操から医者としての技術しか認められなかったから曹操を嫌がった。
同時代でも張機、虞翻は医学の心得を持ちながらあくまで士大夫だった。

15:2014/06/15(日) 14:24:46.03 0
内科診療より外科手術のほうが絵になって素人にもわかりやすいからだろ
16:2014/06/15(日) 14:33:26.37 0
マジレスするとマスコミ
というより今の地位が上がりすぎなかんじ
20:2014/06/15(日) 17:14:12.11 0
任天堂
花札→ゲーム
21:2014/06/15(日) 17:25:20.69 0
もしブラックジャックが内科だったらと想像すると
冴えないよな
22:2014/06/15(日) 19:17:51.95 0
中国の兵士の扱いは「よい鉄は釘にならぬ」
から今の人民解放軍の高い地位と変遷してるな
武官も科挙合格者でないと半人前の将軍だったときが長い
29:2014/06/15(日) 20:15:40.87 0

>>22
>人民解放軍の高い地位

共産国では軍は共産党に従属する存在で
各部隊には政治委員が居て行動を監視されてる

24:2014/06/15(日) 19:42:14.89 0

まれに北周みたいに軍国主義化して軍人が我が世の春を謳歌する場合もあるけどな

哲学者って本当に落ちぶれたよなー

26:2014/06/15(日) 19:54:34.87 0

学者

近代ヨーロッパまでは、学者というのは尊敬されるニート
名門貴族か豪商の子弟が、片手間的にやっていたので、
給料はなく、研究費も自前でやっていた。

変わった要因として、産業革命以降、学問が経済に貢献するようになったこと、
ファーブル達が出版という形で収入を得たため、自前で収入を得ることができたこと、
大学進学が盛んになり、授業料収入で学校が運営できるようになったことで、
学者の社会的役割が大きくなった。

27:2014/06/15(日) 19:57:52.21 0
共産国での宗教関係者はそうかな
聖職者は尊敬の対象から反革命分子に
28:2014/06/15(日) 20:01:15.84 0

前近代でも、医者や牧師など仕事をしながら研究をしていた。

江戸時代後期には、名主や庄屋が農作物の栽培実験を繰り返していた。

30: 2014/06/15(日) 20:30:06.79 0

>>28
神父のメンデルが、遺伝の法則を発見。
それよりやや早く、江戸では好事家が朝顔の栽培で法則を発見。

曲亭馬琴は日本で初めて原稿料だけで生活出来た人だと言われていますね。
元々は履物屋と兼業。
戯作者になるために武士を捨て、27歳で生活のために30歳の未亡人と結婚し、
義母が没したら原稿料も安定していたので履物屋廃業と無茶な人生。

儒学は文人貴族や僧侶が兼業していたのが、江戸初期に分離。
藤原惺窩(公家出身)も弟子の林羅山も元禅僧・禅寺の在家弟子でした。
しかし羅山以降、中世には神仏混淆状態でほぼ唯一の権威であった仏教が、
儒学の立場からインテリの間で批判されるようになる。

そして、排仏思想は次第に発展、江戸時代にも散発的な仏教弾圧を生んで、
明治維新・神仏分離により中世に発展した神仏混淆思想がとどめを刺される。
仏教信者のインテリがいなくなった訳ではないにせよ、宮中からも排除され
て評価の反転・転落を味わったと言っていいでしょう。

戦前の日本の道徳は、古くからの神道というよりは儒教系の思想の産物。

31:2014/06/15(日) 20:34:10.59 0

>>30
日本の儒教道徳はかなり歪んだものだからその点は注意すべし

儒教道徳では「君君たらずば臣臣たらず」だが
日本の儒教道徳では「君君たらずとも臣臣たるべし」

33:2014/06/16(月) 03:25:13.30 0

ロックンローラ

登場したころは「ロックンロールは悪魔の音楽」と言われたんよ

35:2014/06/16(月) 08:08:15.47 0

評価が下がったものとして、農家

昔の農家は、食い物だけではなく、皮革、綿花、醸造等々
1次産業、2次産業を兼任していたので、今でいうところの社長業に相当する。
そのため、食い詰めた都市労働者は、農家になりたくて、アメリカに移民した。

現在では、気象の影響など、不確実性が大きいのが嫌遠されていること、
その影響を受けず付加価値を付けられる重工業やサービス業に取って代わられたこと、
農家自身が農業を継続するよりも不動産業などサービス業にシフトしてしまったことなどから、
重要性に反して、農家の評価が下がっている。
民主主義国家においては、圧力団体でもあることから、国民から反発されている面もある。

182:2014/08/28(木) 20:41:14.85 0
>>35
大昔は労働者の過半数が農民だったが今の先進国で農民は少数派になった
38:2014/06/16(月) 15:05:08.19 0

意外や意外、奴隷に対する見方も変わっている。

古代ローマだと、専門的知識のある人も奴隷であったため、
金銭を貯めて、解放奴隷になっても、そのまま大貴族に仕えて、
大貴族の庇護下に入る例も珍しくない。
また、剣闘士や戦車乗りは、市民のスターであった。

時代を下ると、マムルークやイエニチェリのような、
国家の最高権力を握ることもしばしばあった。

奴隷に対する見方が変わったのは、アメリカ南北戦争の影響が強い。

40:2014/06/16(月) 15:26:39.00 0
自分で買戻した自由穢多はいたのか?

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