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雑兵足軽の実状「日当が米5~6合」「戦国時代のフリーター」「まさに傭兵って感じ」 2ch反応まとめ

 
173:2007/02/18(日) 07:37:01 ID:FGG06ZRg
>>171
久秀と道三は純粋に才能でしょ。

 

172:2007/02/18(日) 02:09:09 ID:SLOg00M5
>>170
足軽じゃねえだろw
元は卑賎でもデビューは士分だ。
足軽=バイト
士分=正規雇用

 

176:2007/02/19(月) 21:32:54 ID:qV7FqVJ0
厳密に言えば違うけど、下級な士分は足軽と変わらないでしょ。
特に兵農分離がロクにできてない1500年代前半は。

 

178:2007/02/19(月) 23:50:10 ID:HVm54PTT
>>176
「厳密に」いえば、姓の有無で決まるのかな?
当時も庶民は正式には姓がなかったような気がするというか、
兵役がらみでそんなことを推測できる文書があった気がする。

 

179:2007/02/20(火) 00:39:03 ID:HhSvRYbI

>>178
姓はあまり関係ない
必要なら自分か主人が勝手に付けりゃいいし。
「厳密に」というなら被官関係だろう。
出世したくて多少知恵の回る奴は最初から自称浪人で士分として売り込む。
秀吉は知恵が回らんとは思わんが、それすら出来ないくらいツテも元手も無かったんだろう。

被官関係としても流動性高いから「厳密」てのはそもそも無理だろ。
>>176の言う通りハッキリクラス分けも出来ないし。

 

181:2007/02/20(火) 09:42:47 ID:Ha8kScsD
当時は百姓も苗字が禁止じゃなかったからな
大抵、出身地の地名をそのまま持ってきた
逆にそういうのと縁が無いのなら出自がそれこそかなり低い傍証になる

 

216:2007/03/06(火) 14:40:08 ID:atBl+7j6
小さい頃から鍛錬された状態で育つと頑健になるって面はあるだろう(その人一代の話でな)
逆に、時代的な栄養状態の低さが働いてる面もある

 

218:2007/03/06(火) 20:33:05 ID:GWl5uS2R
具足が貸し出しされていたから衣服なんかも支給されてたんじゃないかぁ

 

219:2007/03/06(火) 23:28:31 ID:YpXY2N9U
もし陣羽織なんかがあったとしてだ。
それってあったかいのか?ユニクロのフリースのほうが断然マシだろう。

 

226:2007/03/10(土) 15:58:33 ID:k77wnr0y
あの応仁の乱だったかで戸板などを盗んでいる絵ってあるじゃない
あれってどうすんの
売れるのか?

 

227:2007/03/11(日) 00:28:14 ID:Ifeb2d2e
何かと使えるみたいよ。戸板。
以前テレビで古い農家が取り上げられてたんだが、
「川が氾濫したら戸板を船にして」とか言ってた。

 

228:2007/03/12(月) 22:53:33 ID:YF6mk0r6
すべてが手工業だった時代、中古の戸板すらも売れたのかもね。

 

229:2007/03/13(火) 01:00:45 ID:eG5l4YiD
そういやそうだ。
江戸時代、かまぼこ板みたいなのにも価値は見出されていたんだから、
戦国時代ならなおさら。

 

230:2007/03/13(火) 05:36:53 ID:PRb6Inlu
加工した木材って、そんなに価値があったのかあ
なんでだろ?
木自体は今より沢山あったろうから、大工不足?
大工の労働費が高かったのかな?

 

231:2007/03/13(火) 07:19:59 ID:Ou28If4b
じゃあ、蒲鉾板を当時の工具のみで作ってみなよ
工業化が如何に偉大かが実感できるから

 

232:2007/03/17(土) 01:12:14 ID:e1HKkU27
あれって戸板売るつもりじゃなくて、叩き壊して篝火や薪にするだけじゃないのかなぁ…

 

241:2007/04/22(日) 18:10:32 ID:q+XjWVRR
>>232
それだと、合戦の際中にやらなくてもよくないかい?

 

233:2007/03/17(土) 18:18:45 ID:VzHbEN2K
押し崩して戸板ごと槍で突けばかの剣豪将軍もお陀仏よ

 

234:2007/03/17(土) 22:18:55 ID:7mwvrboN
盾代わり

 

235:2007/03/18(日) 04:06:21 ID:X5+UA8IV
ずーっと謎だったんだが・・・背中に立てる旗。
ドラマみたいに「織田軍は全員織田木瓜」ってわけじゃなくて、
合戦屏風みたいに種々様々だよね。
例えば
信長軍 木瓜
その下の勝家軍 雁金
その下の利家軍 梅鉢
さらにその下の奥村、村井、長がそれぞれ・・・
たぶん、さらにその下くらいまで・・・
20~30人率いる武将(家)なら、そのくらいで1つの家紋の旗が
あったと思う(違うかな?)
軍勢の規模にもよるけど、味方だけでも百種近く。
で、それが敵味方の区別のためでしょ?
あれ、全部覚えられたのかなあ?
乱戦とか陣替えとかになったら「えーと、敵か味方か分からないから
攻撃やめておこう」みたいなことが、あったように思うんだけどw
詳しい人いる?

 

236:2007/03/18(日) 04:17:39 ID:fUWNeSnY
旗指物は分からないけど、足軽が槍や肩に付ける合印は各大将旗下で統一されてたみたいです。
桃山以降になると大名家の家紋入り御貸し具足や陣笠が登場します。

 

237:2007/03/18(日) 12:19:14 ID:t81pNhWf

雑兵物語に、合印をなくしてしかも”合言葉”を忘れて味方に首切られちゃった話載ってるよ。
大阪夏の陣だと「他の部隊のものは陣に入れるな」という指示が出されてるし、
伊達軍が陣前方の敗退する味方を一斉射撃しちゃってるし、
”敵味方不明”のときは攻撃しちゃってもいい、という不文律が合ったのかも。

旗印は味方判別というよりは、功名確認のためじゃないかなぁ…

 

238:2007/04/05(木) 21:17:46 ID:ehfCRGdK
足軽の背旗とは違うんじゃない?

 

239:2007/04/06(金) 07:38:13 ID:2I+C9VSW
その為に、西洋には紋章官がいたけどな

 

240:2007/04/07(土) 15:08:48 ID:TJ6DZNad
日本でも家紋見ただけでどこか判別する役職があったような
江戸時代の話だけど

 

244:2007/05/26(土) 08:39:29 ID:g18LM8Xc
陣中に与えられた米を使って日本酒作る器用な足軽たち

 

247:2007/06/01(金) 15:55:45 ID:4G5mKxkq
痛い話だけど、藤堂高虎みたいに手や足の指がなかったり
爪がはがれたりは普通だったんだろうな・・・
今より全然整備されてない平地や河原や森の中を、素足に
草鞋だけで戦ってたんだから、ぶつけたり引っかけたりとかもありそう。

 

248:2007/06/07(木) 12:21:20 ID:BzYLk1Ea
え?足袋履いて無かったのか、足軽は

 

249:2007/06/07(木) 18:50:45 ID:ot5u6LLA
タビタビ忘れることがあったんだよ

 

250:2007/06/07(木) 22:38:15 ID:VIug6HlU

まあ足軽なんぞの軽装備で戦闘に参加せざるを得なかった民衆だろうからな・・・
足袋は基より着の身着のままで武器だけ持った雑兵も多かったろうさ・・・
昔も今も特殊装備というものは高いからな

鎧は基より、足袋なども貧乏人は履かなかっただろうから需要と供給のバランスを考えると足袋はそこそ高かったものと思うぞ

 

251:2007/06/07(木) 22:51:02 ID:M35EGfgl
平安後期の合戦絵巻物見るとほとんどが素足だよね。

 

255:2007/06/08(金) 14:18:53 ID:P1ntm8y4

足軽は徴兵される時に装備チェックされるんだよな
鎧がショボイと罰されることもあったらしい。
裕福な大名はお貸し具足レンタルするから大丈夫だろうが。

足軽も敵領から略奪する金品や、奴隷・身代金になる女子供目当てで参加していたようだ
大名が望まなくとも農閑期の農民の支持を得るため出陣することもあったって。
集団出稼ぎw

 

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