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雑兵足軽の実状「日当が米5~6合」「戦国時代のフリーター」「まさに傭兵って感じ」

 
130: 2006/10/31(火) 00:40:58 ID:/5rfLIYy
江戸幕府の規定だと、
一人扶持(一日米五合)=知行取五石で、知行取一石=蔵米取一俵(三斗五升)。
三十俵二人扶持なら、知行四十石に相当することになる。

 

131: 名無しさん 2006/11/05(日) 21:10:08 ID:Z4sKPzab
50キロかける20は1トン
5人で一人200キロ
1日600グラムもなしか
生きてはいけるけどぎりぎりだろうな
おかずがないから米だけで食べると5合近くは
いるだろうから

 

139: 2006/11/19(日) 15:11:46 ID:wGauXHIN
一年で10kgぐらい食べないか?

 

140: 134 2006/11/19(日) 15:16:23 ID:SHm8SHwp
一ヶ月の話だろう?
一食1合として、一日400グラム以上、一月だと12キログラムぐらいは食うと思うが。
中高生のころは一食で2合は食っていたらしいし。

 

141: 名無しさん 2006/11/19(日) 15:23:57 ID:CHKK18v/
>>140
俺も若い頃はそのくらい食べてたがおっさんになって感じるのは
どんなに腹が減っても米があれほどおいしく食べられないって事だ
米なんて味がないって思ってる奴は多いが実際はすごくうまいんだよな

 

142: 2006/11/19(日) 21:07:45 ID:SHm8SHwp

うまい!
江戸時代の漂流の話を見ると、飢餓状態で、やたらと米飯の妄想・幻覚をもつそうな…。

雑兵の話。
兵糧がなくなったとき、稲刈り後に残っている株を掘って、その根を食用にするとか。
栄養分はあるのかなあ?

 

146: 名無しさん 2006/12/18(月) 19:11:44 ID:0at/CO4u
オニギリがご馳走だったってなんかの本で見た事あるが普段は雑穀混ざりの
米しか食えなかったんだろうな
おかずも大陸のように肉食の楽しみはなかったようだしいつ死ぬかわからないし
今のサラリーマンは天国だ

 

770:2011/08/27(土) 03:31:23.43 ID:BDhJso46
>>146
普段は鍋で雑炊のようにして食っていたそうだ

 

147: 2006/12/18(月) 22:02:05 ID:sAYuO/g4
米の食い方が普段は雑炊だったからじゃね

 


148: 2006/12/18(月) 22:09:05 ID:OB/EbWio
大陸の庶民はその日のパンかスープがあれば良いレベルの生活だよ。
肉は、冬場は家畜にやる飼料も無い為に殺して干したり塩漬けにして保存できるようにして食うだけ。

 

149: 2006/12/19(火) 02:40:52 ID:3TCmBxzV

平安時代から地方に豪族ができ武士になり土地を巡り戦になった!

歴史では基礎中の基礎です。

織田信長が登場するまで80%が(半農 半武士)で生活をしていた。

徳川幕府になり約300年の間 武士や役人が位をつくるようになった。


結局、貴族社会が崩壊し
武士が中心の世界になった。

 

151: 2007/01/04(木) 13:46:46 ID:6IoyQ4th
同じ足軽でも袖(肩部のプロテクター)が付くのと付かないケースがあるね。
それと陣笠被ってるのと鉢巻だけのケース。

 

152: 2007/01/16(火) 13:00:26 ID:s2fcphGs
実際、食うことと略奪ぐらいしか楽しみないんだろうね

 


153: 2007/01/22(月) 01:27:36 ID:XCNB5TRn
手柄立てて出世してやると
夢を見て戦場に散っていったんだろうな

 

189: 名無し 2007/02/22(木) 20:31:04 ID:drSSI2/2
>>153
それほどけなげには戦わなかったと思うが
だいたい戦争に負けても生き残れば勝った軍団に
編入されるわけだからそこそこ戦って危ないと思えば
すぐ退却しただろうし相手が強ければ近づかないで
逃げ回っててもOKだったんじゃないかな
1日米5~6合じゃあ本気で戦うのあほらしいだろう

 

154: 2007/01/22(月) 19:04:48 ID:k/sY6MDZ
白いおまんまと略奪の為に戦場を駆けめぐったと思うがな

 

156: 2007/02/03(土) 05:51:33 ID:pyyXkepw

「かかれ!」っていう命令下や、乱戦時の雰囲気は、なんとなく
校内のマラソン大会に似てると思う。
自信あるやつは、本気になる。晴れ舞台の大会で上位入賞の名誉と
成績upという恩賞目当てに。
大多数は、まあ入賞できないし、やれって言われたから無理なく
そこそこのペースで走る。キツくなったらペースダウンすればいいし。
やる気ない人は、無理矢理走らされて疲れるだけだから、適当に参加。
むしろ歩く。先生(隊長)が見てる所だけ走ってるフリしてりゃいいや。
無理に疲れる事しなくたって害はないし(食ってはいけるし)。


みたいな。人数の割合も似てると思う。
「参加しなくてすむなら、したくない」ってシチュエーションも似てるし。
俺なんかは中盤~後方集団にいて、周り見ながらタラタラ戦ってたんだろなw

 

159: 2007/02/10(土) 16:19:29 ID:+zhogUZ7
>>156
自身の命を懸ける合戦とマラソン大会ではさすがに比較はできないと思われ。。。

 

160: 2007/02/10(土) 16:31:29 ID:mefk8OP4
信長に履物貰った逸話のある兼松正吉みたいに武功を立てて足軽から馬廻に出世した例もあるけど
基本的にどれだけ頑張っても下っ端どまりだと頑張る気が起こらない
副業の略奪に目がいっちゃいそうだ

 


161: 2007/02/10(土) 17:17:29 ID:+zhogUZ7
>>160
正吉って足軽だったの?
親父の諱も伝わってるみたいだけど

 

162: 2007/02/10(土) 17:53:46 ID:DbPktg18
>>160
どこかの農村・漁村の次男坊・三男坊が侍になれる「可能性」があるというのはそれなりにやる気が出るかと

 

163: 2007/02/11(日) 15:57:47 ID:S0jXtqB6
関ヶ原後に大幅に領地を削られた毛利家では家臣たちに食えるだけの碌を与えるのに
開墾して石高を大幅に増やした。
それが可能だったら、なぜ戦争なんかして他国の領地を取っていたんだ?
最初から自領を開墾して石高増やせよなw
ちょっと不思議じゃないか?

 


164: 2007/02/11(日) 16:31:33 ID:h1jGAwf8
>>163
・敵が攻めてくる=自衛の究極形としての戦争
・武士階級の領土拡大に対する固定観念
・灌漑技術が向上して平野部を耕地化できるようになるのは戦国末~江戸期

 

165: 2007/02/11(日) 18:49:34 ID:JbNwRFW9
>>163
積極防衛にもなり手っ取り早く領地も得られるから一挙両得。

 

166:2007/02/14(水) 09:36:26 ID:zz/jVT+Y
信長公記を著する太田牛一も足軽→信長馬廻(弓衆)と出世していったクチ
足軽でも弓の技能とか文筆の才があれば取り立てられる可能性は極小ながらあった
……ってまた織田家の例だな

 

167:2007/02/16(金) 11:45:17 ID:EidaDHtH
織田家以外で足軽からそれなりの身分にのし上った人がいる大名家ってある?

 

168:2007/02/16(金) 14:37:39 ID:5eNgiTJa
>>167
三好家、土岐家、武田家

 

169:2007/02/17(土) 12:05:58 ID:lS9zlgCm
>>168
具体的な人名は?

 

170:2007/02/17(土) 13:53:53 ID:u3lc33hd
>>169
有名所じゃん
松永・道三・高坂あたりでそ?(勘助はナシw)

 

171:2007/02/18(日) 00:17:34 ID:vaIFt3UK
>>170
大名にお尻貸して、成り上がったのかな?
今の時代に「部長は、社長とホモ関係で出世した」なんて言われると恥だけど。
戦国時代は、別に恥かしくなかったのかね?

 


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