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雑兵足軽の実状「日当が米5~6合」「戦国時代のフリーター」「まさに傭兵って感じ」

 
530:2008/09/15(月) 00:36:48 ID:M1nJot/K
うむ。それに実は当時の合戦は死亡率も低いし、しかも動員されても、実際に合戦に至る事も稀だったし。

 

533:2008/11/01(土) 17:33:26 ID:4pPt8nxV
>>530
鉄砲が普及するまでは落ち武者狩で殺されるほうが戦場で死ぬより多かったんでないの?

 

531:2008/10/06(月) 00:39:27 ID:UpxikE1Y
528は人を殺したPTSDじゃなくて、殺されるかも知れない
恐怖によるPTSDの事を言ってるんじゃないの?

 

534:2008/11/01(土) 17:43:16 ID:y3dRCRFM
PTSDになったら当事はキチガイ扱いで追放か幽閉か抹殺か。

 

535:2008/11/01(土) 17:44:29 ID:y3dRCRFM
連投でスマソ。
小早川秀秋はPTSDに当たるんじゃないかえ?

 

537:2008/11/02(日) 11:22:23 ID:RzAoXlBi
足軽って江戸時代だと士農工商それ以下のどこに入るの?

 

540:2008/11/02(日) 13:22:16 ID:ThldMCJ0
>>537
いわゆる同心が足軽。
八王子千人同心のような半農半士から、
町奉行所の同心とかももれなく足軽。
江戸時代同心は粋でいなせで江戸の女性から人気のある職業だったんだが、
幕末の出陣のときに彼らが足軽だと知ってがっくりした女性が多かったとかなんとか。

 

543:2008/11/02(日) 19:36:29 ID:cpVnYx5i
足軽は士じゃなくて卒だよ?
士農工商の士と農の間の身分。
だだし、藩によって立場が違う。
>>540の言うように徳川幕府が雇っている足軽は士分に準ずる立場にある。
臨時雇いではなく常雇いで世襲制。

 

544: 人生七七四年 2008/11/17(月) 20:59:04 ID:GRf3n2pL

>>540
>>543
幕府=将軍様からお扶持を頂いている足軽も、八丁堀の町方同心も、どちらも
あくまでも臨時雇いの扱い。

諸組同心には【ご譜代席】と【お抱え席】の2種類があり、【ご譜代席】ならば
当主が死亡或いは隠居すれば子供乃至その身寄りが家を継げるが、【お抱え席】は
あくまでも『番代』と称して、新規お召し抱えの扱いを受ける。
ところが、町方同心に至っては【お抱え席】どころか、単年度契約扱い。
毎年大晦日に支配与力の屋敷で、「長年申し付ける」という口頭辞令(?)をもらって
幕府から翌年度も再契約してもらう形式を幕府崩壊まで続けていた。
尚、幕府では足軽という身分は同心よりもまだ下。

そんなわけで【同心】の年俸は30俵3人扶持~15俵1人扶持。(功績・年功によっては
その人1代限りで100俵くらいまで加増されることもあるが)
その他に何がしかの役料(役職手当)が加算されることも。
【足軽】はもっとお給料が安い。

 

 


545:2008/11/23(日) 20:09:26 ID:Gqrl3bJe
>>544
与力は旗本扱い。すると旗本の下がいきなり臨時雇いになるわけ?

 

546:2008/11/23(日) 21:13:17 ID:Is1WaRCb
>>545
臨時雇いでなく一代雇用

 

538:2008/11/02(日) 11:45:27 ID:X46DKoYn
最下層の藩士だから士で良いのでは。

 

539:2008/11/02(日) 12:26:25 ID:mRxeuVhb
江戸時代の足軽は武士だよ
世襲
でも貧乏

 

541:2008/11/02(日) 15:26:28 ID:K5j3OkVM
騎馬レベルの士分はそれこそ高嶺の花だろうからなあ。

 

542:2008/11/02(日) 15:29:23 ID:n9HR8zJf
お目見えクラスはねぇ。

 


547:2008/11/23(日) 21:24:28 ID:xyvDeahL
戦国時代には流れの足軽と言うか、傭兵部隊みたいなのがいるね。
それが、兵力の足らない時、主力部隊を出さない戦場で使われてる。
長篠のあと家康が遠江を回復する時、こう言う傭兵部隊雇って諸城の回収やらせているね。

 

548:2008/11/23(日) 23:49:11 ID:qsKxhJl2

何処も戦争やるときは臨時雇いを募集してるみたいだけどね。
条件から見ても結構必死だよ。

有名な戦争中は白米食えますよを筆頭に、
給料はずみます、手柄立てれば褒美上げます、正規採用への道もあります、
前科ある者は赦免しますとか、
強盗働き(つまりは忍びの真似事)出来るやつ優遇しますとか、
結構笑える。

傭兵といえば、陣借りで正規採用を狙う奴いるし。
有名な武士だと、関ヶ原の時の可児才蔵がまさに陣借り。
首をとりまくったこともあって、正規採用されてる。

 


561:2009/02/19(木) 17:44:36 ID:LVU1HMAa
戦国期の雑兵足軽たちの兵糧って、誰が負担してたか知ってる人います?
本人達?そのスグ上の組頭?全部大名が負担ってことはないだろうけど。
ちなみに戦国期なので、天正以降は対象外でお願いします。

 

562:2009/02/19(木) 17:58:54 ID:RAmW4BFX
>>561
3日分ほどは自弁。後は大名からの支給。

 

563:2009/02/20(金) 00:31:18 ID:a+/38exg
略奪に依存していたってのはありえんからね。

 

564:2009/02/20(金) 03:15:35 ID:HYdN23Dk
支給も貰うし略奪もする、ついでに隙があれば味方からも強奪

 

588:2009/07/15(水) 22:59:46 ID:SghipwfP
>>564
なんか可愛いな。

 


565:2009/02/20(金) 12:00:05 ID:hrMzQDQv
同盟国領内でも制限はされてたが略奪してた

 

566:2009/02/20(金) 15:03:59 ID:n6wXW/xg

”略奪”の定義がきまらんとなんともいえないのでは?

指揮官の命令に従って現地徴収するも”略奪”になるのなら、
最近まで世界中で行われてきたし……

 


568:2009/03/10(火) 00:16:03 ID:xdZq6ONN

帝國陸軍と同じだろうなぁ・・。

召集地までは自弁、あとはお国。

戦地では携帯口糧が1週間分。
なくなったら輜重隊が運んでくるまでは現地調達。

 

569:2009/03/10(火) 00:45:07 ID:gGtocCtB
掠奪、押買を禁止する制札は多い。
為政者側は占領して統治する土地の治安を乱す行いは好まなかっただろう。
侵略的にも防衛的にも国人領主や寺社勢力を敵に回すのは得策ではない。
やはり一部の問題児集団が暴威を振るっていたと見るべきじゃないかな。

 


570:2009/03/10(火) 03:24:47 ID:jMK3y7fu

現地での物資徴収が一般的だった当時では、基本”押買”を全面禁止してはいないと思うよ。
つまり統治がどうのこうのは,、あまり考慮されない時代だったかと。

“押買”というのは基本的に現地での軍事物資調達の意図があってのこと。
ちょっと古くなるけど、芝山を三銭で押買した山名持豊の配下ですら侍所の権限を元に行ってる。
だから足軽だけじゃなく武将が指揮してるから、それゆえ”制札”の効果があったのよ。

ただ”制札”があったとしても、そこに抵抗するだけの武力がないと効果はなかったみたい。
関ヶ原の伏見城攻めの時、醍醐寺では制札だけではなく檀家の農民を集めて抵抗し
西軍150名程度を追い返した。
まぁ、帰りがけに日野郷の竹を根こそぎ持ってってるんだけど。

 

581:2009/05/19(火) 13:15:55 ID:f6Fit6pX
浮浪的な悪党を、足軽として組織化させ戦闘集団として活用したのは、応仁の乱~享徳の乱。

 

582:2009/05/19(火) 13:26:05 ID:v8fvtsZX
>>581
応仁の乱はまだゲリラ部隊で正規軍に組み入れられていない
また、組み入れられても当初は徒侍の集団的な色が強い
一般的イメージの各種兵科に組織化されたのは相当後でしょうな

 

583:2009/05/19(火) 13:43:46 ID:f6Fit6pX
>>582
大田道灌の足軽戦術の衝撃は大きかっただろうね。

 

584:2009/05/19(火) 18:53:19 ID:EkzW496V
正規兵として雑兵や足軽が組み込まれたのは、
天正ぐらいからなんだろうか。

 

585:2009/05/19(火) 19:25:20 ID:f6Fit6pX
正規兵とは何か、と言う問題もあるが、長柄足軽の集団運用は、天文年間には既に広く
行われていた模様。

 


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