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雑兵足軽の実状「日当が米5~6合」「戦国時代のフリーター」「まさに傭兵って感じ」…2chまとめ

 

戦国時代

日本の戦国時代(せんごくじだい)は、日本の歴史(にほんのれきし)において、15世紀末から16世紀末にかけて戦乱が頻発した時代区分である。

世情の不安定化によって室町幕府の権威が低下したことに伴って守護大名に代わって全国各地に戦国大名が台頭した。領国内の土地や人を一円支配(一元的な支配)する傾向を強めるとともに、領土拡大のため他の大名と戦闘を行うようになった。こうした戦国大名による強固な領国支配体制を大名領国制という。

引用・出典:
Wikipedia – 戦国時代

 

足軽(あしがる)は、平安時代から江戸時代の日本に存在した歩兵の一種

発生は平安時代とされ、検非違使の雑用役・戦闘予備員として従軍した「下部」が足軽の原型とされる。鎌倉時代中期頃まで、騎馬武者による一騎討ちを原則としたことから、足軽は従者や運搬などの兵站や土木作業に従事させられることが多かった。

南北朝時代に悪党の活動が活発化し下克上の風潮が流行すると、伝統的な戦闘形態は個人戦から集団戦へと変化し始め、足軽の活躍の場は土一揆・国一揆にも広まった。

応仁の乱では足軽集団が奇襲戦力として利用されたが、足軽は忠誠心に乏しく無秩序でしばしば暴徒化し、多くの社寺、商店等が軒を連ねる京都に跋扈し暴行・略奪をほしいままにすることもあった。

引用・出典:
Wikipedia – 足軽)

 

5: 2006/06/14(水) 23:42:11 ID:pDfMrxKY
戦国期は流民も多かったから、全国渡り歩いてた奴とかいたかな?
武士じゃなく雑兵で。

 

6: 2006/06/16(金) 14:11:28 ID:63juzsKp
まさに傭兵って感じだな。でもほとんどが野盗だろうな

 

7: 中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y 2006/06/16(金) 15:38:24 ID:x63nWvTJ
雑賀・根来寺がそうだね。鉄砲を肩に担いで歩き回ったんだろうか
30年戦争時の傭兵団みたいだw

 


8: 2006/06/16(金) 16:17:50 ID:/GvMRQfg
雑兵だから従軍したら飯と給料もらえる。
勝ち戦なら強盗、恩賞もらえる。
負けそうになったら一目散に逃げる。
これだろ。

 

10: 2006/06/16(金) 19:46:43 ID:9pkOEvmT
戦国時代のフリーター

 

11: 2006/06/16(金) 20:28:28 ID:oAHdNpor
徴集農民兵の足軽と違って真面目に戦わないイメージがある雑兵

 


12: 2006/06/16(金) 21:10:58 ID:9pkOEvmT
略奪、強姦が目的で戦に出ている印象がある

 

13: 2006/06/17(土) 17:40:13 ID:D0NaUdfd
一両具足みたいな事をやってたのって長宗我部以外にいないの?

 

15: 2006/06/17(土) 22:56:00 ID:JrJLR5Wq
一領具足といってもただの農民兵だから特に珍しくもない。

 

16: 2006/06/17(土) 23:04:12 ID:LIKXVlNG
武士が農民していたんでしょ?

 

17: 2006/06/18(日) 04:18:09 ID:pYTCa2j2
>>16
逆。農民を最下級の武士に取り立てて一領具足というステータスを与えた。
通常の農民動員兵と違い、自主性や積極性が見られる。
そのことは後の浦戸一揆や山内家の対応などからも窺える。

 


18: 2006/06/18(日) 05:45:01 ID:uZXvImrC
制度的には珍しいものじゃないというのを前提に、
当の足軽達の忠誠心が特徴的だったという見解と、
後世の書物で有名になっただけという見解を見たことがあるなあ。

 

19: 2006/06/18(日) 09:30:45 ID:0HH52beA
槍がメインウェポン

 

20: 2006/06/18(日) 11:54:14 ID:qh0Opq5u
おそらく、今でもそうだが、日本人は土地にかなり執着する。
今より稀薄だったかもしれないがその地域を支配してる支配者と土地を同一視してたのじゃないか?
だから最下層の足軽が「われらが親分」と言う気持ちで忠誠が高かったんじゃないのかな?

 

22: 2006/06/19(月) 14:15:06 ID:aIpZzP2q
>>20
「一所懸命」という言葉が有るくらいだからな。
ただし、村の欠け落ちとかもあるくらいだから一概には言えないんじゃないか?
村の生活を保障してくれればこそ、支配者が忠誠の対象になると思うが。

 


23: 2006/06/20(火) 22:21:38 ID:nlCxe46N
北条は雑兵足軽の略奪を一切禁止していたらしい。

 

28: 2006/06/21(水) 18:32:15 ID:e6yxeetr
>>23
禁止したのは自国内の略奪だけどな

 

24: 2006/06/20(火) 22:27:35 ID:hKv4saih
「甲州人が歩いた後はペンペン草一本も生えていない」という諺が残っているということは
武田軍は略奪しまくりだったのかな?

 

29: 2006/06/22(木) 12:06:38 ID:FVIsLBOW
俺のイメージはワイワイ、ガヤガヤ言いながら行軍。
親分にどやされなが、陣作り。
交替で見張りやりなが、ちんちろりん。
兵士当て込んで来る。行商人の物売りの声。
タバコ屋から買ったタバコを煙管で回し吸い。
お茶や酒の行商人を捜し回る。
こんな感じ

 


30: 2006/06/22(木) 13:31:42 ID:EY9i46Kt
>>29
最初にして唯一の打ち首対象者乙

 

32: 2006/06/22(木) 18:41:50 ID:f69IL14w
「軍勢の甲乙人、妄りに声高し、或いは行軍の序次を失う者、これを斬るべし」
>>29は処刑だな。

 

31: 2006/06/22(木) 14:46:43 ID:FVIsLBOW
武士じゃなく、農民上がりの雑兵だから。

 

35: 2006/06/24(土) 22:11:55 ID:RRkh3DAO
やっぱり兵の強さは地域によって違うのかね?
それとも江戸時代の俗説?

 


36: 2006/06/30(金) 04:56:40 ID:ODdO751l
尾張兵が弱いとか三河が強いとかは真っ赤な嘘だと思う。

 

37: 2006/07/01(土) 01:31:06 ID:RAc0E35R
でも当時の歌で、越後甲斐の兵が強いとかあったんでは

 

38: 2006/07/01(土) 03:20:43 ID:39hW9wBK
兵が強い=勢いがある
だと思う。
長篠後の武田勢の弱さ。
謙信没後の越後勢を考えたら、そう感じる。

 

39: 2006/07/01(土) 04:46:01 ID:Pzwl7L6D
それだと特定の時代や時期ではなく、大まかな地域で兵の強弱が評される理由にならないような。
現代でもグルカ兵の評判が良い事などからして個々の戦闘力よりも多くは兵士としてのメンタル面を指してると思われ。

 

40: 2006/07/01(土) 12:43:26 ID:trHm5phl
貧しい土地の雑兵は強かったんじゃない?
勝てば略奪し放題だしな
と言っても実際戦う人間なんて全体の3~5割程度だけどね

 

41: 2006/07/01(土) 16:43:29 ID:39hW9wBK
グルカ兵はまぁ神話見たいなものだけどな。
軍板の話では、実際たたかったったり、共闘した旧日本軍人のじいさん達は、
はっきり弱いと言ってたみたいだから。

 

42: 2006/07/01(土) 21:17:16 ID:iSwTDBlH
戦闘技能より忍耐強さの評価なのだろう。
数年前テレビで「グルカ兵は足腰が丈夫で上の者に従順だから集団行動させやすい」とイギリス人士官が語っていた。
ネパールでの生活環境自体貧しくて厳しいから過酷な作戦任務でも不平不満が出にくいのだろう。

 

43: 2006/07/02(日) 01:04:08 ID:Q6lolQrK
それなら納得するが、それは兵の強弱じゃなくて、
兵の全体的な資質、性質的な物なんじゃね?

 

44: 2006/07/02(日) 02:43:14 ID:nFOB2irv
うむ、だから兵質というのは兵士の勇猛さより集団として機能させる場合のメンタル面のことでしょ。
戦国期でも、上の命令に忠実に従い勝手に崩れたり浮き足立ったりしないというのが評価の対象に
なるんじゃないかね。
個々の徴集兵に強弱があるとすれば装備と編成と指揮する者に起因するような。
尾張兵についても三河駿河美濃伊勢といった隣国と互角以上に渡り合ってる事跡から見て特別
劣っていたとは思えない。

 


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