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信長の正室濃姫・まむしの娘の謎「信長の嫁なのにハッキリした資料にほとんど残っていない謎の正室」

濃姫

濃姫(のうひめ / のひめ[注釈 1])は、戦国時代から安土桃山時代にかけての女性。

美濃国の戦国大名である斎藤道三(秀龍)[注釈 6]の娘で、政略結婚で尾張国の戦国大名・織田信長に嫁いだ。通説では、信長の正室とされる[注釈 7]。

広く知られた『絵本太閤記』や『武将感状記』で、濃姫として登場している[5][6]ことからこの名が有名になったが、これは濃州つまり美濃国の高貴な女性というだけの意味の通称に過ぎず、所謂、名前とは異なる。

名前に言及している書籍は僅かだが、江戸時代に成立した『美濃国諸旧記』では帰蝶/歸蝶(きちょう)であったとされ、『武功夜話』では胡蝶(こちょう)であったとする[8]。

同じく『美濃国諸旧記』で、秀龍が天文17年(1548年)に稲葉山城を斎藤義龍に譲って出家して、(再び)道三と号して鷺山城に退き、翌年、この城から古渡城[注釈 8]の信長のもとに嫁いだために、鷺山殿(さぎやまどの)と呼ばれていた[1]と書かれているが、これは当時の習慣に則したもので筋が通る。

信長の妻の称としては、於濃の方[注釈 9](おのうのかた)とも呼ばれるが、『絵本太閤記』等の通俗本の呼称である濃姫を元にするよりは鷺山殿の称の方が由来は明確である。『美濃国諸旧記』では上総介信長の北の方(正室)となったとの記述もある[7]ので、それを信じるならば、鷺山殿が信長の正室であったと考えることができる。

(引用・出典:Wikipedia – 濃姫

 

3: 2014/04/01(火) 21:53:24.25
謎の正室

 

4: 2014/04/03(木) 13:18:31.40
はっきりとした資料にほとんど残っていない珍しい正室だと思う

 

8: 2014/04/17(木) 06:35:09.90
>>4
信長の正室が濃姫って誰が言い出したんだ?
名前も美濃から来た「美濃」姫だっただろ?

 

7: 2014/04/04(金) 10:28:16.09
ここだけの話、斉藤道三って、きんさんぎんさんの弟だといっても通用する名前だよな。

 

10: 2014/05/16(金) 05:18:13.70

小田原合戦&関ヶ原合戦で織田宗家は一旦改易。
その時点で織田家に保管されていた公文書・私文書は全て処分される。

後に信雄系織田家が復活するも、信雄としては自分の母のことは語って
それが記録に残る、母のことを実態以上に美化して語るから生駒夫人が
「正室同様」「事実上の正室」なんてことに。
一方、本物の正室の記録はほとんど残らない。

 

11: 2014/05/16(金) 07:09:49.95

嫡男信忠の家臣には美濃衆が多くいる。
これは道三の娘である正室濃姫が信忠を養子にしたからこそできたことで、
濃姫が正室として信忠の義理の母でなければ、美濃衆の離反を招き、信忠の岐阜統治に支障をきたす。
つまり美濃衆は信忠のためというより、道三の娘のためにその義理の孫・信忠を支えたに過ぎない。

また信長の右腕・明智光秀は美濃国土岐郡出身
彼が晩年信長からの色々な無理難題や屈辱を受けながらも、信長の天下統一を全力で支え続けたのは、
ひとえに正室濃姫が、埋もれていた自分を発掘重用して能力を発揮させ世に出してくれた大恩人・斎藤道三の娘だたから
つまり光秀は信長のためではなく、亡き道三の娘のために、その夫信長を支えたに過ぎない。

 

12: 2014/05/16(金) 14:45:52.45

>>11
信長の正室が斉藤道三の娘であったことは「信長公記」にも見え事実だが

明智光秀の出身地は眉唾物だぞ

江戸時代中期成立の「明智軍記」あたりからの引用

 

13: 2014/05/16(金) 14:52:54.52
光秀は細川藤孝と共に足利義昭に仕えている。
天皇に任命されている「征夷大将軍」家側近となれば、いくら有能でも「馬の骨」は絶対に採用しない。
むしろ斎藤道三の方が、光秀が源氏に繋がる血筋であることを知っていて、将来足利将軍家とお近付きになろうとしたんジャマイカ?
現に信長は濃姫を通じて光秀を利用し、義昭を操って、最終的に権力を簒奪することで天下人になっているわけだから。

 

14: 2014/05/16(金) 15:09:25.45

>>13
だから、濃姫が光秀と知り合いっていうのが一次史料にないんだって

あと光秀が室町幕府に仕えていることを記しているのはルイス・フロイスの「日本史」だけど
光秀は細川藤孝と主従関係にある(光秀は細川家の被官)

 

15: 2014/05/16(金) 15:10:45.55
濃姫って信長関連の結婚した記述は見えるけどそれ以外は全く不明の人だろ
事実、信長の妻としての活躍は吉野(吉乃)の方が有名だもんな
それ以降の行方が全く不明な人というのも珍しい

 

16: 2014/05/16(金) 15:21:33.00

>>15
生駒氏(吉乃)も成立時期不明の「武功夜話(前野家文書)」によるものがほとんどで
一次史料はほとんどない
吉乃(吉野)という名も武功夜話に見えるのみ

生駒氏は織田家の家系図で織田信雄(徳姫も?)の母であることが知られるだけ

 


19: 2014/06/06(金) 23:14:50.41
>>15
山科言継卿の日記(だっけ?)で
信長が、斎藤義龍の未亡人から茶の名器の椀を取り上げようとして、
美濃の国を挙げての大騒動が起こったとき、
信長の妻とその母親が登場する。
名前は書いてないけど、濃姫っぽい。

 

20: 2014/06/10(火) 19:24:07.33
>>19
そこに書かれてる『信長本妻』は、濃姫ではないという説もある。

 

21: 2014/06/13(金) 00:51:51.45
>>20
はて、濃姫でなかったら、誰なんだろう?

 

24: 2014/07/24(木) 13:08:19.74

>>19
茶の椀ではなく、壺らしいな。

『言継卿記』

>永禄十二年七月廿七日
>晩頭佐藤錫携来、一盞受用了、故一色義龍後家壷可為所持、
>可被出之由信長連連被申、一乱之刻被失云々、尚於責乞者可自害云々、
>然者信長本妻兄弟女子十六人可為自害、國衆大なる衆十七人、
>女子之男以上卅余人可切腹由也、
>仍中分失弗に治定、今日無事に成了、佐藤も十七人之内也

>永禄十ニ年八月一日
>早旦弾正忠所へ罷出、於門前曾禮申之、しうとめの所へ禮に被行、
>彼門前迄同道、山上城可見物之由被申

 

25: 2014/07/25(金) 18:00:45.38
>>24
何が書いてあるんだてばよ?

 

26: 2014/07/26(土) 15:21:01.18

>>25
永禄12年7月27日
午後7時ころ(?)佐藤忠能が、錫の容器に酒をもって来た。一緒に呑んだ。
(そのときの話で)
故一色(斎藤)義龍の後家が持っていたという名器の壺を、
信長は「出せ。出せ」としつこく要求したが、
後家は「稲葉山城の落城のときの混乱の中で紛失しました。
なおも責められるのであれば私は自害します」と答えた。
そしたら、信長本妻の(と?)姉妹16人がこれに同情して一緒に自害すると言い出し、
美濃の国衆の有力者17人+姉妹の夫(16人)、計30余人が切腹すると言い出し、
(大きな騒ぎとなった)
この騒ぎは、仲裁によって収まり、今日、無事に決着した。
佐藤も17人のうちの一人だった。

永禄12年8月1日
早朝、城下の信長の屋敷に行く。門の所で出てくる信長と出会ったので、挨拶をした。
信長は、しゅうとめの所へ礼に行くところだった。姑の住居の門前まで同行した。
信長は(機嫌がよくて)、山上城(岐阜城)の見物をさせてくれると言った。

・・・こんなところか。誰が仲裁したかは、明白には書かれていない。

 

17: 2014/05/16(金) 15:31:23.25
そりゃ現代の歴史物なんて江戸時代創作の軍記物からの転用がほとんどだからな

 

22: 2014/07/23(水) 18:40:09.74
濃姫って義龍未亡人をかばってるんだよな
義龍は父道三を討った兄だけど、濃姫はこの兄のことをどう思ってたんだろう

 


23: 2014/07/24(木) 09:58:42.00
結局「安土殿」ってのが濃姫じゃないの。
もしそうでないとしたら逆に「安土殿」って誰なのか
という疑問が出てくる。

 

32: 2014/08/03(日) 02:00:36.07
しうとめが近所に住んでるってのは分かったw

 

33: 2014/08/03(日) 11:42:27.65

>>32
そうそう。
8月1日の記述は、信長の姑が近所に住んでいることを示すだけで、
「禮」が、7月27日の騒動と関係があるかどうかなんか、わからない。
どこにも姑が仲裁したとは書いてない。

わたしは、本妻である濃姫までもが、義龍後家をかばって自害すると言ったので、
信長が折れて、この事件は解決したのだと思うけど。

 

35: 2014/08/22(金) 10:12:20.85
帰蝶って、創作では信長の美濃攻めを道三の敵討ちとして賛成していることが多いけど、
兄の義龍がどんな人間であっても、故郷が戦火にさらされたり、
甥っ子の龍興が亡命して美濃斎藤家が滅亡することに葛藤はなかったのかな。

 

37: 2014/08/23(土) 00:25:47.88

>>35
義龍は父親とはあんなことになるぐらいに確執を抱えていたが
(と言っても武田や徳川も同様で父子諍いは珍しくなさげ)
お濃たちとは仲がそう悪くはなかったとする見方もあるらしい。
根拠は壺事件と馬場騒動そしてやろうと思えばできた尾張攻略を
本気モードではやらなかった。

なのでこの見方で考えれば大なり小なりはあるがそれなりの
葛藤はあったんじゃなかろうか。

 

44: 2014/08/23(土) 15:24:07.30

>>37
>お濃たちとは仲がそう悪くはなかったとする見方もあるらしい。

濃姫は、父だけでなく弟たちも殺されてるので、義龍のことは仇敵としか思ってないだろう。

>やろうと思えばできた尾張攻略を本気モードではやらなかった。

義龍が尾張攻略をやらなかったてことかな?
信長に刺客を差し向けたことはあったようだが。
美濃の国衆というものは、道三が土岐氏を追い出して乗っ取ったときも、反抗せず臣従するし、
道三が信秀の侵攻を打ち破ったときも、余勢をかって尾張に攻め込むことはできなかったし、
同盟成立後、信長が援軍を要請したときも、たった千人しか出せなかったし、
義龍が道三を討ったときは、数千人くらい動員しているようだが、
龍興が稲葉山城で信長に攻められてるときでも傍観状態だし、
なかなか君主のいうとおりに動いてくれない。
義龍は、尾張攻略はしたかったけどできなかったというのが実態だろう。

 

45: 2014/08/23(土) 17:01:31.95
>>44
その弟達を殺すよう義龍に進言したのは武井夕庵といわれいる。
知っての通り夕庵は信長の右筆であり爺的存在と言っても過言じゃない。
なんせ信長を何回も叱り付けられるような信頼関係があったわけだから。
なのであなたの言うとおりなのであればそういう夕庵が常に公私共に
信長の傍にいるのはおかしいのではないかな?
安土城内にも館を構えて信忠邸のお隣だぞ。

 

51: 2014/08/25(月) 16:31:11.60
>>44
濃姫にとっては義龍は自分の後見人でもある弟
濃姫は壺の一件を見る限り義龍正室と仲が良かったようだし
義龍と仲が悪かったようには思えない
(濃姫が義龍を父弟を殺した仇敵だと思っているならその正室と仲良くしないだろう)
実家が滅ぼされた後の濃姫の同行が記録されていないことといい
義龍の死は痛手だったはず

 


38: 2014/08/23(土) 01:08:35.76
父親が苦労して築き上げた齋藤ブランドが消えるわけだから
むしろ葛藤しないほうがおかしくね?

 

39: 2014/08/23(土) 04:01:54.32
信長が自ら女性について記録に残るように語ったのは、秀吉の奥さんへの労いの手紙くらいなのか?
男の話ならあるけど女の話がないんだよな信長は
意図的に記録に残らないように、女の話を表に出さないようにしてたのか
お市との話も浅井との確執で第三者的に語られているだけで、信長本人の心根の話がないんだよな
濃姫も信長をぶっ殺すかもしれないって逸話だけ残して、濃姫に対する信長本人から見た逸話がない

 

40: 2014/08/23(土) 07:43:34.06

安土城などの焼失、秀信などの改易、大久保長安事件勃発の余波、
廃仏毀釈で廃寺の嵐、太平洋戦争の空襲、自然災害、そして各家、各寺社事情、
大人の都合などなど

仮に多少でも記録が残っていたり確かな逸話が昔はあったとしても
これらによって見事に無くなっているか世に出ていなそうだ

 

41: 2014/08/23(土) 11:23:25.78

>大久保長安事件勃発の余波

連座を恐れてその家も記録の類を始末したり改竄したともいわれているよね。
秀吉の梵書は免れてもこれでトドメさされちゃった記録もあったのかも…。
輝政が長安や政宗に紹介した人物の中には一説にかつての信長や信忠に
直接絡んでいた人の関係者も多かったらしいからそうなるとますます厳しいよね。
うーん、残念無念

 

43: 2014/08/23(土) 12:56:47.78
大久保事件の黒幕といわれる本多正信は信長や信忠そして側近池田らを
憎き仇と思っていても不思議じゃない奴だからねえ…
家康も土屋のように一部をのぞき遺臣の扱いには苦労してたというから
両者の利害一致で隙のない輝政や長安が死んだのを契機に一網打尽に
したかったのかもなあ

 

50: 2014/08/25(月) 14:00:24.21

もし夕庵が同行していれば快川の火定も恵林寺の焼き討ちも
変わっていたかもしれないからなあ。

「義昭や六角のことなぞもう放っておきなされ。
それよりも快川殿を手中に収めることに心血を注ぐべきでござろう」

ぐらい言ってくれたと思うだけに残念だ。

 

52: 2014/08/25(月) 19:43:14.44
>>50
そういや明智が諏訪の寺で信長に折檻くらった理由は
お前がなにをしたとなっているが通説では軍事的な意味あいで
何もしなかったや実績もないのにという意とされている。
だが実はそういう意味ではなくて外交的な意味あいでの
何もしなかった(できなかった)という意なんじゃないかという
見方もあるらしいな。
確かにこっちの方がすっきりするといえばすっきりするかな。

 

58: 2014/08/26(火) 13:23:32.12
信長も実際はそこまではやりたくなかったかもしれないよ。>朝敵
だから>>52準拠でいうとやらざるを得なかったイライラが明智の言葉で
爆発して折檻しちゃったと。
あとお濃はお濃で動いていたかもしれない、なんとなくだが。

 

54: 2014/08/25(月) 21:53:54.44

>未婚の嫁問題

人間50年呪文成就に大手がかかっていたから早く内孫の顔が
見たかったんだよw
面倒なことは息子2人にまかせて自分はお濃さんと一緒に孫囲んで
いいじじ様ばば様やりたかったに違いない

 

65: 2014/08/27(水) 07:53:07.54
戦国板にあった濃姫スレもそうだがここでも濃姫過大評価だなあ
織田家の女性がそれほど政治に絡んだ事実は史料からうかがえないのに
「濃姫が一言言えばきっと助命された」「濃姫が一言言えばこうなってた」
ってそればっかりだもの
濃姫がそんなに政治的活躍をしていたのならば
没年も分からずに史料上から忽然と消えるはずがないのに

 

71: 2014/08/29(金) 00:19:23.09
おもしろいことはおもしろいがお濃はいたたまれなかったろうよ。
龍勝寺殿は若くして死亡、孫も夫と息子達によって攻められあげく獄門。
その息子達も片や松姫とのこともありいい年しても正室も持たずあげく
その姫の実家攻撃の総大将になり滅ぼすに至り、もう片やも予想外のことで
武田にかっぱわれ長いこと人質生活を送り帰ってきたと思ったら世話にも
なったであろうな家を同じく攻撃しに行かされたわけだから…。

 

84: 2014/09/04(木) 23:41:38.12

>>71
トドメのように本能寺の変で2人とも亡くしてしまってますしね。

そういえば龍勝寺殿と同じく養女で幼い頃から信長と濃姫の元で
養育されたと伝わる池田之助正室も実子のようにとても可愛がられ
秘蔵娘とまでいわれていたという話もあるとか。
ここまで可愛がっていた娘なので池田家に之助の話があまりないのは
娘可愛さに之助はマスオさん状態だったのかな?とつい妄想してしまいますw

 

72: 2014/08/29(金) 01:21:38.45
しっかし父子そろって嫁の実家滅ぼすっていうのはどうなんだべ

 

75: 2014/08/29(金) 07:52:02.34
>>72
嫁や舅を介した部分も大きいとはいえ信長は実力で嫁実家関連の
美濃衆を掌握していたのだから信忠に松姫を正妻にすると決めているのなら
後々のことも考え自分と同じように実力で甲信衆(便宜上そう書く)を
掌握してみろとあえてやらせたんじゃなかろうか。

 

79: 2014/08/29(金) 11:36:16.75
つか>>75
どこまで信長は親バカなんだ

 

73: 2014/08/29(金) 04:23:16.74
どうなんだべと言われてもw
一応どちらもやむを得ず事情だから判断は難しい

 

74: 2014/08/29(金) 06:44:25.12
信玄が織田を裏切った時点で松姫との婚約は解消されてるだろ
市や千姫のように嫁いだ女性が婚家を実家に滅ぼされたわけではないのだから
一緒にするのも

 

85: 2014/09/05(金) 00:47:44.35
信長んちでマスオさんってどんな罰ゲームだよwww

 

87: 2014/09/05(金) 04:30:56.31
摂津時代は別居結婚状態にされてしまったのかのう…

 

88: 2014/09/05(金) 04:45:58.10
娘可愛さを大義名分に本命は婿の方だったりするかもしれないじゃないか!

 

89: 2014/09/05(金) 04:52:35.08
なんとwww

 

92: 2014/09/06(土) 01:53:08.45
根拠はないけど濃姫のお墓は池田家墓所の一角にひっそりと
あるような気がする

 

93: 2014/09/06(土) 10:47:04.27
案外と同じ大徳寺にある養徳院の方に埋葬されていたりして?

 

94: 2014/09/06(土) 12:00:06.83

まあ池田だけに可能性は無きにしも非ずかもしれぬ
他スレで大久保長安事件に関して

「池田と大久保は信松尼を拠り所にかつての夢を見たかったのさ」

とあったけどこれに似た感情がお濃に対してあったとしても
不思議ではあるまいて

 

95: 2014/09/06(土) 21:14:04.59
濃姫は罪人でもなんでもないんだから、
なんでひっそりとなの?

 

96: 2014/09/06(土) 22:37:49.09
別に罪人じゃなくてもひっそりなことはあるだろうに
養徳院みたいに遺言していれば自然とそうなるさ

 

97: 2014/09/06(土) 22:54:29.13
罪人か?
誰が罪人だってきめたんだ?
この場合はそれを決めた動機、そいつらの正体
これを解くことに意味がある

 

99: 2014/09/07(日) 12:51:52.16
濃姫は、光秀の従妹で、彼を信長に紹介した張本人。
その光秀が謀反を起こし、夫を殺したんだから、相当なショックだ。
世をはかなんで、読経三昧の余生を過ごしましたとさ。

 

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